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リスクをコントロールする楽しみの残っているところが、 ”wilderness”(ウィルダネスー原生)の面白さ ― 国際山岳医、大城和恵

聞き手: Max Mackee (Kammui 創立者)

2022.12.29


エベレスト山頂で登山者の安全を祈念する


長野の自然の中で育つ

マックス・マッキー(以下マックス): 育った環境などからの、自然との関わりを教えていただけますか。

大城和恵(以下大城): はい、私は長野市で生まれまして、兄弟は3人いるんです。親が冬になるとスキーに連れてってくれるというのが、私のアウトドアの始まり。もう3歳ぐらいからスキーに連れていってもらって、それが自然の中での最初の記憶ですね。
長野市内と言っても結構田舎で、昔から野外授業が多く、小学校の道徳の授業でみんなでちょっと川に遊びに行くとか、山に行くとか。基本的によく外に出ていました。だから自然の中で遊ぶのが、普通のことだった気がします。

マックス: じゃあ、東京に来てからは、自然が恋しくなったりしましたか。

大城: 新しい生活もそれはそれで面白かったのですが、東京にしばらく居るとやはり山に行きたくなりましたね。学生時代は本当にお金がなかったので、行きたいと思っても行けなかった。


山岳医への道のり

マックス: では、どうして山登りにされるようになったのでしょうか。

大城: 小さい頃から親に山へも連れて行ってもらっていたので、山は身近でした。大学を卒業し研修医になってからは、3週間も夏休みが取れるようになったので、これは日本だけにいては勿体無いということで、エアーズロック、ロッキー山脈、次の年はキリマンジャロ、今度はネパールに登りにいきました。

イギリスのレスター大学で山岳医療のコースを始めたときも、時間を見つけてはたくさんの山に登りました。日本には山岳医療のきちんとした講座がなく、海外の英語圏で講座を受けられるのはレスター大学だけでした。今はアメリカでも学べますが、イギリスに行って本当によかったと思います。世界一高い山、エベレストを最初に制覇したのはイギリス人ですから、山岳医療には大きな誇りがあるんです。例えば、エベレストの山頂直下で採取した血液のデータから論文を書いたり、その方が講師だったり、英国での留学は、自分の目指すべきハードルを上げてくれました。

エベレストベースキャンプ5350mでメンバーの診察


高山病を体験し、診察する

マックス: 大城さんは、ヒマラヤで高山病の人に出会ったことがきっかけで、山岳医になろうと思ったとお聞きしています。

大城: はい、実際に標高4,700mくらいで体調を崩された方にお会いしました。高山病は、下山すれば、症状が治まります。ですから、大学や病院で高山病の患者さんを診ることはありませんので、とてもいい経験になりました。

私もキリマンジャロに行ったとき、標高4,500mくらいの山小屋で息切れを経験しました。人間の体が低酸素環境に耐えられることを実感し、体がどう反応するのかに深く興味を持ちましたね。

マックス: 私はキリマンジャロに登ったとき、最後の登りでひどい高山病を経験しました。這うようにして登り、朝日を見た後、ガイドに助けられて1日で下山しました。ヘリコプターが入れるような場所ではないので、下山は歩くしかないのです。

エベレストベースキャンプ6400mでインド隊の重篤な登山者の診察に駆けつける


自然が人間に与える影響

マックス: 自然が人間に与えるポジティブな影響について、科学的に研究されたものはありますか?

大城: 自然体験全体を研究するのは、データ収集の面で難しいです。しかし、「緑地」に触れた人を対象とした科学的な研究を見ると、最近は非常に良い結果が得られています。 例えば、睡眠の質が向上したとか、心臓発作や脳卒中が減少したとか。また、死亡率が下がるというデータもありますし、脳の前頭葉のMRIを見ると、都市部にいるときと比べて、自然環境に近い場所では、ストレスから回復しやすくなることが分かっています。また、認知機能の改善、心の健康についてははだいぶ研究されてきています。リラックスすることで血圧を下げたり、筋肉の緊張を和らげたり、確かに非常に良い効果があります。このテーマに関する科学的な報告は、年々増えています。

マックス: このようなデータが出てきたのは、私たちがデジタルで、都市で過ごす時間が増えているからでしょうか。アメリカの35の州では、特定の疾患を持つ患者さんに対して、医師が自然の中で過ごす時間を増やすよう指導する政策をとっているというのは、とても興味深いですね。

大城: 私が富士山の診療所にいたとき、認知症やうつ病の方がお医者さまに勧められて登山にいらしていました。難易度の低い山から始めるのも良いかと思います。一定の支援の中でこのような仕組みが医療の現場で広がると、面白いかもしれません。


思い出深い体験

マックス: アウトドアで一番印象に残っていることは何ですか?

大城: どちらかというと、怖い体験が一番印象に残っていますね。ヨーロッパでクライミングをしていたとき、大きな音がして、それは大きな落石だったんです。どっちに逃げればいいのかわからず、瞬時にパートナーと同じ動きをして、なんとか逃げ切りました。 アウトドアでは一瞬で死ぬこともあるんだなあと実感しました。謙虚になりますね。

それから、デナリを滑っているときに、バランスを崩してしまったことがあります。その時つけていたハーネスが絡まってしまったんです。なんとか止まりましたが、もしあのまま滑っていったら......。その後、三浦雄一郎さんがエベレスト滑降で滑落し、全身で転倒を止めようとしている若い頃の映像を見る機会がありました。全身でブレーキをかける姿を見て、経験したからわかるんですが、人が生きようとする本能が実感として伝わってきたのを覚えています。
それ以外では、ヒマラヤの深い谷間に滞在していた時のことですが、朝、ようやく陽が昇り、その日初めて浴びる太陽の光を鮮明に覚えています。 日照時間が短いので、すぐに寒くなるんです。また次の日がきて、太陽が昇り、最初の光が差し込むと、突然暖かくなる。太陽の恵みと幸せを感じますね。


野生が危険なら、なぜ人はそこに行くのか?

マックス: では、なぜ人々はそのような危険な要素を持つ場所に行きたがるのか、ということですね。

大城: 理由はよくわからないんです。100%安全とは言い切れませんが、リスクをコントロールする楽しみが残っているところが、”wilderness”(ウィルダネスー 原生)の面白さ、と個人的には思っています。

マックス: 私は、あなたが行ったような激しい場所には行っていないと思いますが、リスクの要素がある方が「フロー状態」や「瞑想状態」に入りやすいという話をよく読みます。それがバックカントリースノーボードの魅力だと思います。

大城: より安全に登り、より楽しむために実行すべき戦略がある。そして、野生の素晴らしさは、人知が何もコントロールできないことを気づかせてくれることです。


自然に順応する

マックス: 自然から教わったことは何ですか?

大城: ヨーロッパに2週間ほどクライミングに行くと、天気が悪くてクライミングができないことがよくあるんです。でも、周りを見渡すと、他にもいい場所がたくさんある。その時、私は自然の中で無理に予定を立てようとしていたのだと思いました。何億年もの自然の歴史に、自分の数日を当てはめようとしていた事に気づいたのです。
自分がコントロールできない部分については、自然に委ねていくことが、アウトドアを楽しむための最良の方法なのだと思うようになりました。

マックス: 面白いですね。そういう考え方は、自然から学んだことで、特にバックカントリーのスノーボードで身につけたものです。最近では、瞑想を通して学び、実践しようとしていることです。アウトドア以外の趣味はありますか?

大城: もちろんです。2年前に愛犬が天寿を全うしましたが、私の大事な家族で、ずっと一緒に散歩したり山に行っていました。ゴルフとスキューバダイビングも好きです。山に行くと気圧が下がるので、水中で気圧が上がるのを体験してみたいなと思ってはじめたんです。気圧が上がっている水のほうが、遥かに怖いですね(笑)。

マックス: 今日はありがとうございました。

フレンチアルプス パートナーが開拓した新しいミックスルートを登る


大城氏が愛用しているアウトドア・ギア。ヘッドライトからナイフ、クランポンにファーストエイドまで。安全登山の為の携行品が、コンパクトにまとめられたバックパック。ノースフェース、パタゴニア、バックカントリーアクセス(BCA)、ダイナフィット (DYNAFIT) など。


Profile

大城和恵(おおしろ かずえ) 国際山岳医

1967年、長野県生まれ。日本大学医学部卒業、医学博士、2010年、英国にてレスター大学山岳医療修士を取得し、日本人初のUIAA/ICAR/ISMM認定「国際山岳医」となる。2011年北海道大野病院循環器内科の専門医としての勤務と並行して、山岳医療の外来を行う。同年、北海道警察山岳遭難救助アドバイザー医師に就任、国内初山岳救助への医療導入制度を実現。2012年より山岳医療救助機構を運営。2013年三浦雄一郎氏のエベレスト世界最高齢登頂遠征チームドクター。国際登山医学会副会長。自らもエベレスト、マナスルに登頂、デナリ山頂からスキー滑降。
公式サイト: sangakui.jp


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Inside

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Text by Max Mackee (Kammui 創立者)
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