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豪快にスキーしたような感じで仕事がしたい。松田翔太インタビュー(前編)

聞き手: Max Mackee (Kammui 創立者)
Photos by Ranyo Tanaka

2023.1.29


子供時代からスキーをして育った俳優の松田翔太。想像を絶する雪山登山デビュー。バックカントリーの魅力、なぜ滑るのか、なぜ登るのか。大自然が自分にもたらす不思議な力や、お気に入りのスキーギアとの出会いまで。雪山仲間でもあるKammui マックス・マッキーが聞いた。

青森のスキー場で兄弟でスキーを楽しんだ少年が、大人になり真冬の雪山に登る。

マックス・マッキー(以下マックス): こんばんは。まず松田さんがスキーを始めるまでのバックグラウンドを教えてもらえますか。

松田翔太(以下、翔太): 東京生まれの東京育ちです。父親が昭和を代表する俳優で、同時に僕の母親も女優という環境です。僕と妹が小学校ぐらいから、母親も撮影で家を空ける期間が多くて、夏休みはサッカーの合宿、冬休みはスキー学校に行かされたんです。小学校2年生8歳ぐらいでしたね、それがスキーに初めて出会った時です。

マックス: どこのスキー学校へ?

翔太: スキー学校は青森にありました。ベビーシッターの人の実家が青森で、子供達にも良いだろうということでそのベビーシッターの子供である京介とあきこという二人も一緒に総勢5人でスキー学校にいっていました。

マックス: 素敵ですね。

翔太: 冬は青森でスキー、夏はサッカーの合宿。自分と龍平はサッカーでイタリアに行ったり。青森のベビーシッタ〜の家族が海外との仕事をしていた方で、イタリアへ一緒に連れて行ってもらいました。

マックス: 先週聞いたのだけれど、二人ともゴールキーパーだったそうですね。

翔太: なぜかサッカーはゴールキーパーが好きだったんです。

マックス: スキーを好きになったのはどうしてですか?

翔太: 子供の頃から単純に滑り降りるという気持ち良さを理解していたからだと思います。

マックス: 羨ましい。自分が初めてスキーをしたのは16歳で、イギリスにずっと住んでいたのでスノーボードもやりました。弁護士になってから1年に1度行けるようになったぐらいですよ。

翔太: 自分はかなり早いうちからスキーに慣れ親しんでいたので、 バックカントリースキーを始めるまでは、恐怖感というものがなかったんです。ゲレンデはあまり怖くなかったのですが、中学校の修学旅行で白馬に行くことがあり、そこで何故友達が滑れないのかがわからなかった。それぐらい小学生の時からずっとスキーが身近にありました。

マックス: 幸運でしたね。 青森のどこか覚えていますか?

翔太: 特に覚えていないのですが、ホームステイしていた先のおばあちゃんが青森弁で、標準語が全然通じないぐらいの田舎でした。

マックス: 奇遇。自分たちが会ったのも青森、八甲田ですよね。

翔太: そうでしたね。

マックス: ではバックカントリーの話をする前に、育った時、サッカー以外の自然体験を聞かせてもらえますか。

翔太: 母親が普通に仕事をしている週のうちに1日だけ、公園に座布団やシートを持って行ってご飯を食べるという習慣がありました。初めてのキャンプ体験は、蝋燭の灯りだけで公園でご飯を食べるというものだったのです。

マックス: 本当に?

翔太: 今思えばなんだか素敵だと思います。母親を尊敬しますね!

マックス: どこからそんなアイディアが来たのですか?

翔太: わからないけれど、子供たちを飽きさせない様にしたのじゃないかと思います。

マックス: 最近、このテーマの本をよく読むのですが、科学的な研究によると、子どもが成長するときに、自然の多い学校や自然に近い範囲での環境で育つと、学習や集中力、創造性に良い影響があり、いろいろな面で効果があることが分かっています。

翔太: 今の平成令和の子共達と比べると、僕が小学生だった80年代後半から90年代前半は、あまり制約がなかったと思うんです。だから母は、普通の公園に毛布を敷いて、ロウソクを灯してカレーを食べさせてくれたり、キャンプ用のランタンを用意して、普通にカレーを食べさせてくれる事ができたのかもしれない。それが楽しくいいことだと思ったし、クリエイティブな気持ちになれたことを今でも覚えています。本物の自然の中に行かなくても、子供たちに味あわせてあげられるくらいでいいんです。そういう小さな生活の変化でも、すごく刺激的だったと今でも記憶しています。そのせいか、キャンプなどに垣根を感じない親近感がありますね。

マックス: 松田さんはスキー、私はスノーボードが大好きで、お互いを知ったきっかけが雪山ですね。松田さんがバックカントリーに出会ったのはいつ頃ですか?

翔太: 子供の頃のスキーや中学時代を経て、ある程度大人になってからはイギリスに引っ越してしまい、ちょっとスキーからは離れていましたね。帰国して俳優になり多少仕事がもらえるようになったら、一日がとても短く、休み無しに働いいるとあっという間に数ヶ月が過ぎてしまう。 スキーに行く機会もなく、久しぶりに3、4日の休みが取れた時がありました。4日間何もしないでのんびりしているよりも、何かアクティブなことをして満足感を得たいと思いました。ちょうど1月クランクインのドラマをやっていた時期で、2~3年休んでいなかったので、ストレスも溜まっていたこともあり、友人と一緒に山に登ることになったのです。
若いから体を動かし、自分の中のストレスや緊張から解き放たれたかった。それで真冬の八ヶ岳、硫黄岳に登り、しかも厳冬期だから7時間ぐらいかかりました。

マックス: すごいですね。何歳ぐらいの時ですか?

翔太: 23歳かな。

マックス: 真冬の雪山を、道具など全て持って登ったのですか?

翔太: (笑)ほんとは赤岳山荘っていうところに泊まるはずだったのだけれど、友達ががテントの方が楽しいよと勧めたんです。アイゼンやピッケルもその時初めて使ったし、本当に疲れましたね。

マックス: 全くトレーニング無しで登ったんですね。それは驚きです。冬山登山、私はあまりしたことが無いです。

翔太: もちろん山だから、凍っている所もあれば、雪が全然無い所もあったり、めっちゃくちゃ雪の多い場所もある。でも山から夕焼けを見て、そこでもう一目惚れでした。

マックス: 実は私も松田さんを赤岳に連れていった友人と登山した事があります。それもかなり想像を絶する経験になりました。ちょうどKammuiを立ち上げて一回目の資金調達が済んだのに、協働パートナーとの関係やビジネス上でのストレスをかなり感じていました。そんな時にその友人とイアン・スパルター(Kammui ビジネスパートナー)と北岳に登る事になったんです。山を半分登った辺りで、自分の全ての悩みがさほど重要なではないんだと理解できて、安らかな気持ちになりました。山頂について富士山を背に夕焼けを見ることができたのは、私にとって一生忘れられない聖なる瞬間となりました。

翔太: よくわかります。

マックス: 自然のパワーを感じた時に、Kammuiでやろうとしてることはやはり価値のある事だなと。全てが瞑想的な経験でした。

翔太: 山で見る夕焼けはそういう気持ちにさせてくれますよね。
僕も若い頃は仕事しかしてなかったので、そういった体験を通じてやっと自由を感じられました。すごい大変だったんですよ、でも家でダラダラしてるよりもずっといい。映画を見ながら、無言で一人でソファーでリラックスすることも出来た。でもやはり僕は俳優だから、映画見ても何か考えてしまう。そんな時にあのぐらい身体全身を使って朝から晩まで登って、赤岳山荘まで行って硫黄岳まで登る。山頂でピンクの夕焼けを見て、辺りが暗くなった頃、星を見て、友達と二人で下山しました。疲れてるから赤岳山荘の横でテントを張ってすぐ寝てしまう。とても疲れていたけれど心はエネルギーが蘇りました。
翌朝、下山する時にスキーやそりを持ってる人を見かけ、バックカントリースキーというのがある、と初めて知りました。登山をしてスキーで下る。 帰ってから自分の仕事に戻った時に、たまたま撮影クルーの美術さんがバックカントリーを楽しむスノーボーダーだったんです。実はこの休みの期間何してたのという話になり、バックカントリースノーボードをやっていたと。写真を見せてもらうと、ゲレンデとは違う場所で、違う装備で楽しくパウダースノーを滑っている。これって何だろうというのがきっかけです。

マックス: 15年くらい前?その頃バックカントリースキーを教えてくれる人はいましたか?

翔太: そこで、上野雄太さん(Kammuiに登録する野沢温泉のガイド)が、バックカントリーに適しているスキー板を初めて教えてくれました。それまではゲレンデで普通のスキー板やショートスキーでしか遊んでいなかったので、パウダースノーではなぜこんなに滑れないのかな、と思っていたんです。それで彼が適しているギアやウェアなどの装備について教えてくれて、本当に感謝しています。彼がいなかったらスキーもつまらなくなってたと思いますね。

マックス: 上野雄太さんは素晴らしいですよね。自分は最近知り合ったのですが、イベントもサポートしてくれています。

翔太: やはり、良い先生から自然について教わる事が重要じゃないですかね。
Kammuiがやろうとしているのは、SUPでもバックカントリーでもなんでも、一番良い良い自然体験の先生と繋げてくれる。バックカントリーなどはリスクもあるし、できる限り安全を補償できるガイドは重要ですよ。自然は危険でもあるので、皆が安全であることは大切です。

マックス: その通りですね。自然は平和で美しいと同時に、力強く危険でもある。そこが真の美しさだと感じます。

後編へ続く


Profile

松田 翔太(まつだ しょうた)

1985年9月10日東京生まれ。日本の俳優。趣味は登山とスキー。近作に映画「東京喰種 トーキョーグール 【S】」、映画「一度死んでみた」(浜崎慎司監督)、映画「望み」(堤幸彦監督)、NTV系 2022年1月期 水曜ドラマ『ムチャブリ! わたしが社長になるなんて』がある。


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Text by Max Mackee (Kammui 創立者)
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自然と触れ合うために「子どもが一緒だからこそ楽しめる場所」はないかと探してみた。低山や森の遊歩道や海に近い湘南の裏山、自分にとって物足りないだろうと避けてきた場所も視点を変えて場所を見る楽しみ。

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「枯れ木に花咲くに驚くな、生木に花咲くに驚け」―田平拓也・屋久島

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世界自然遺産、屋久島の奥深く、縄文杉や苔の覆う森、黒潮の海から高くそびえる山と、日本中の植物が凝縮された自然と一つになる感動を案内する

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Kammuiが生まれるまで

by Max Mackee (Kammui 創立者)

バックカントリー、神秘的な山、沖縄の島々。必要な場所はほとんどすべて近くにある東京で。Kammuiを立ち上げるまでのストーリー。